『グッド・ウィル・ハンティング』レビュー|なぜ今も心を揺さぶる名作なのか

「不完全」でいい。
それがあなたの美点だ。
映画『グッド・ウィル・ハンティング/旅立ち』
看護師をしていると、「できる人」と「できない人」の間に立つことが多いです。
点滴の速度を管理する方法を知っていて、緊急の場面で冷静に動ける。でも夜、帰り道にコンビニでプリンを買って、少しだけ泣く。
そういう、「完璧じゃない自分」をどう扱うか、ずっと考えながら働いてきた気がします。
この映画を初めて観たとき、画面の前で少し固まりました。
ウィルに感情移入したのか、ショーンに感情移入したのか、正直よくわからなかった。
でも、どこかで「これは自分の話だ」と思った。
天才、という重荷
マサチューセッツ工科大学の廊下に掲げられた、難問中の難問。清掃員の青年ウィルは、誰にも気づかれないうちに、その問題をさらりと解いてしまいます。
天才。でも彼の日常は、仲間との飲み歩きと傷害事件の繰り返し。施設を渡り歩いた幼少期、虐待された過去。それだけの知性を持ちながら、彼はずっと「自分には価値がない」という場所に留まり続ける。
頭では全部わかっているのに、心がついてこない。そういう人を、私は仕事の中でも何度も見てきました。患者さんだけじゃなく、同僚の中にも。もしかしたら、自分自身の中にも。
私だけが知る癖こそ、彼女が妻だった証拠だ。
彼女もまた私の秘密を知っていた。
他人はそれを欠点と呼ぶが、そうじゃない。
美点だ。選んだ者にしか見えないものだ。
君は不完全だ。そして幸いにも——あの彼女も完璧じゃない。
問題はお互いにとって完璧かどうかだ。
ならば、親密な関係を築ける。
ロビン・ウィリアムズが、すごかった
ショーン役を演じたロビン・ウィリアムズのことは、もちろん知っていました。コメディの印象が強い。笑いで世界を動かす人。
でも、この映画の中の彼は全然違います。妻を亡くし、深い悲しみを抱えたまま生きているセラピスト。ウィルの挑発に、一切動じない。怒ることも、逃げることもしない。
ただ、「君が悪くない(It’s not your fault)」と、何度も繰り返す。
あの場面が、今も忘れられません。ショーンがウィルに何度も「君のせいじゃない」と言い続ける場面。ウィルは最初、笑い飛ばします。「わかってる」と言う。でもショーンは止まらない。
「わかってる」ことと「信じている」ことは、まったく別のことです。看護師として働いていると、それを痛感します。患者さんが「わかってます」と言うとき、本当に腹の底から受け入れているとは限らない。
ウィルが崩れる瞬間——あそこで私は、完全にやられました。
ロビン・ウィリアムズは2014年に亡くなりました。享年63歳。うつ病と、レビー小体型認知症という診断が後に明らかになった。
これほどの人間の感情を、これほど繊細に演じられた人が、あの形で人生を終えたという事実は、私にとって今でも簡単に飲み込めない何かを残しています。
マット・デイモンとベン・アフレックの、熱量
もうひとつ、この映画について語りたいことがあります。脚本を書いたのは、マット・デイモンとベン・アフレックの2人だということ。
当時、2人はまだ無名に近い俳優でした。その2人が何年もかけて書き上げたシナリオが、ハリウッドの手に渡り、アカデミー脚本賞を受賞した。
好きな映画に「この作品が生まれた背景自体がドラマだ」と感じるとき、その映画はもう、単なる映画を超えます。
ウィルが自分の才能と向き合い、「俺はここで終わる人間じゃない」と気づいていく過程を、デイモン自身が信じて書いた。それだけで、私はこの映画に対して敬意を感じてしまう。
人生の不確実性を、「楽しめない夜」もある
看護師をしていると、「人生の不確実性」という言葉を、理論じゃなく体感として知ります。今日元気だった患者さんが、翌朝いなくなっている。検査の数値が安定していても、予測がつかないことがある。
「それでも人生は美しい」「不確実性を楽しもう」という言葉を、私は素直には言えません。夜勤明けで帰る電車の中で、そういう言葉が嘘くさく感じる瞬間が、確かにある。
ウィルが最後に車を走らせるシーンを観ながら、私は思いました。楽しめる日も、楽しめない日も、全部含めて「生きている」ということなのかもしれないと。
不完全でいい。完璧じゃなくていい。それは逃げじゃない。
むしろ、それを受け入れた先にしか見えないものがある——とショーンは言っていた気がする。
こんな人に観てほしい
- 「自分は本気を出していないだけだ」とどこかで思っている人
- 誰かのために全力を尽くしながら、自分のことは後回しにしてきた人
- 完璧じゃない自分を、受け入れられずにいる人
- 大切な人の「欠点」が、実は愛おしいと気づいた人
- ロビン・ウィリアムズという俳優を、まだちゃんと観ていない人
最後に
映画を観て「よかった」で終わることは多いけれど、数日後にも頭のどこかに引っかかり続ける映画は、そう多くありません。
『グッド・ウィル・ハンティング』は、そういう映画でした。「君のせいじゃない」という言葉が、観終わってから何日も、静かに鳴り続ける。
完璧じゃなくていい。
でも、自分の欠点を「欠点」と呼ぶのをやめること。
誰かに選ばれたとき、それが「美点」に変わること。
この映画が言いたかったのは、もしかしたらそれだけなのかもしれません。
シンプルで、難しくて、深い。
ピークは遅い方がいい、と私は信じているので——今の自分が観るから、刺さる映画があると思っています。










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