物語の輪郭
青の炎
著者:貫井徳郎
初版:1999年(新潮文庫)
ジャンル:倒叙ミステリー・心理サスペンス
※2003年に映画化(二宮和也 主演)
湘南の海沿いに暮らす高校生・秀一は、母と妹を守るために生きていた。 父はとっくにいない。男手ひとつで家を支える17歳の背中には、年齢に不釣り合いな静けさがあった。
そこへ現れたのが、母の再婚相手・曾根だ。 酒癖が悪く、暴力的で、どんな手段でも追い出せない。 警察も、法律も、大人たちも、何も助けてくれない。
追い詰められた秀一が選んだのは、「自分でやる」という決断だった。 完全犯罪を計画する17歳の話が、この物語の全部だ。
動機が、わかってしまう
この小説を読んで最初に感じたのは「怖い」ではなく「わかる」だった。
秀一は悪い人間じゃない。むしろ逆だ。 誰かのために必死に考えて、必死に動いて、正攻法を全部試した末に、 もうここしかないと思った人間だ。
看護師として働いていると、「ここまで追い詰められた人」を見ることがある。 疲弊した家族。出口をなくした患者。誰にも言えずに限界を超えた人。 彼らに共通するのは、「最初から壊れていた」わけじゃないということだ。 みんな、ちゃんと普通に生きようとしていた。
秀一の論理は、読んでいると隙がない。 怒りではなく、冷静な計算として積み上げられていく。 それがぞっとするほど「わかる」構造になっている。
これが本作の恐ろしさだと思う。 悪意ではなく、愛情から始まる計画殺人。 それを、読者は止められない。ただ見ていることしかできない。
「バレるかどうか」ではなく、「どうやり切るか」
この作品は倒叙形式で書かれている。 つまり最初から、犯人は秀一だとわかっている。
普通のミステリーなら「犯人は誰か」を追う。 でもこの物語は違う。 「どうやって実行するのか」「どこで崩れるのか」を、読者はただ見届けることになる。
静かなのに、ずっと緊張している。
ページをめくるたびに、息が浅くなる。
用意周到で、冷静で、少しずつ歪んでいく理性。 その裏に隠れた怒りが、じわじわと滲んでくる。 読んでいると、自分が応援すべき人間を応援してしまっていることに気づく。 そのぬるっとした感覚が、読後もずっと残る。
「普通」という言葉の意味を、もう一度考えた
秀一は特別な人間じゃない。 でも特別な状況に、ゆっくりと追い込まれていく。
読んでいて何度も考えたのは、「自分も同じことをしないとは言い切れない」という感覚だった。
誰だって、何かを守るために必死になる瞬間がある。 そのとき使えるはずの手段が、全部閉じていたとしたら? 法律も、誰かの助けも、時間も、全部間に合わなかったとしたら?
「普通の人間が壊れる瞬間」は、劇的に訪れない。 静かに、少しずつ、積み重なっていく。 気づいたときには、もう引き返せない場所にいる。
この物語を読んで、普段うまく処理できている「つもり」の感情が、 本当にコントロールできているのかどうか、わからなくなった。
それは怖いことだけど、同時に、必要な問いだとも思った。
ラストは、重い。でも目を逸らせない。
途中から、うっすら予感する。 「この話、きれいには終わらない」と。
それでも読み続けるのは、この物語の重力があるからだと思う。 結末を知りたいというより、最後まで一緒にいたいという気持ちに近い。
読み終えた後、しばらく何もできなかった。 スッキリも、感動も、泣けるカタルシスもない。 ただ、胸の奥に何か重いものが残っている。
でも、それがこの小説の誠実さだと思う。 嘘のハッピーエンドより、この読後感のほうが正直だ。
THIS BOOK IS FOR
- 感情をうまく処理できている「つもり」で生きている人
- 誰かを守るために、じわじわと消耗している人
- きれいごとで終わらない物語を求めている人
- 心理描写に深く没入したい人
- 読後のモヤモヤを、ちゃんと味わいたい人












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